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 旧豊郷小学校は現在も大勢の見学者さんで盛況です。
そんな中、所有者である豊郷町役場さんから公式に見学にあたっての注意事項が公表されているようです。
現地へ行かれる皆様はご一読下さい。

豊郷小学校旧校舎群を見学または利用される方へ 豊郷町役場総務企画部門総務企画課

これを注意事項と思うか、警告ととらえるかは個人によって差があると思います。
ですが、ゆるやかなお願いとは少し違うように感じます。
繰り返しますが、現地へ行かれる皆様はご一読下さい。
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 昨年、近江八幡で開かれた懇親会の場でピアソン会の方々から、来年の大会は北見で開くから来ないかと誘われましたが、辞退しました。

その時にも説明しましたが、理由は二つあります。

 ピアソン邸という建物はヴォーリズさんの建物だとわかる以前からピアソン夫妻の旧邸として北見の皆さんに大切にされてきた建物で、それがヴォーリズさんの建物だとわかったから特別に何かが変わったわけではありません。
たとえば「ピアソン記念館」が北海道遺産として認定された理由はピアソン夫妻が北海道でされた文化活動・生活改善活動への北海道の皆さんからの評価があってのことで「ヴォーリズ建築」であることは二次的な要因でしかないでしょう。

 そして、ここまで書きましたようにピアソン邸との接点は最近でも15年以上前のことで、これまでに2度だけ、しかも滞在時間は合計で1時間に満たないはずです。また山形さんに情報をお出ししたのは確かにワタシですが、現地まで行かれてヴォーリズさんの物件であると学術的に確認されたのは山形さんですし、その時から今まで「ヴォーリズ建築 ピアソン邸」として支えてこられたのは北見の皆さんです。

ピアソン邸はワタシの思い出の中で、丘の上にほっこりと建っているばかりです。

 2010年10月16日、北見でヴォーリズ建築文化全国ネットワークの全国大会が開催されます。
ご成功をお祈りします。

 10月1日の夜、7500kmを走り車庫へと戻りました。
山形さんへ結果のあらましをお伝えしたところ、話を聞く時間をつくるので大阪まで出てきませんか、という話になりました。

 94年10月23日(土)曇り
大阪市内某所、喫茶店13:00。
全国悉皆調査の結果をお伝えするため山形さんとお会いしました。
 このときにピアソン邸の写真もお渡ししました。ピアソン邸と同時期に建てられたヴォーリズさんによる住宅の写真資料と見比べると外壁・屋根と窓との位置関係・比例関係がとても良く似ていると申し添えました。

 後日。ピアソン邸の件で山形さんから電話を頂きました。
job.8543 Piason Res. の図面を見たところ、全体としてはそっくりの建物が描かれている、というお話でした。
 その上で山形さんは「写真で見る限り建築時期に比べて新しすぎる印象がある」と仰るので、ピアソン邸は旭川の人たちに大切にされてきた建物で70年代には既に保存作業が行われており、自分が見たこの7年の間になんら変化が感じられない程しっかりとした管理がされているからそのように写真に写るだけであって、現場で見ると時代に見合った経年を感じると伝えました。
 その後で、驚いたことに山形さんの方からこの物件がヴォーリズさんの建物である可能性についてどう思うかと訊ねられました。(こちらは学術研究者ではありませんのでそのような判断をすることも求められることも通常はありません)おそらくかなり迷われていたのだと思います。
「間違いないと思います」と即答し、見に行って下さいとお願いしました。
そのとき山形さんは「行って実際に見てみたいが、あまりにも場所が遠い」と仰っていました。

 翌年、1995年に日本建築学会の全国大会が札幌で開催されることになりました。
ある夜、山形さんからお電話がありました。札幌での大会に行くので、この機会に北見のピアソン邸を見に行ってみようと思うのだが、というお話でした。
それを聞いて即座に「行って下さい」とお願いしました。

 「北見のピアソン邸を見てきました。本物でしたよ。」と山形さんからお電話を頂いたのは、北海道から帰られてすぐの頃でした。

 大阪芸術大学で山形さんとお会いしてから1年。ある私的な出来事が切欠になり物件リストに載っている全国のヴォーリズさんの建物を確認しに行く旅へ出ることになりました。
いまでも山形さんはワタシのことを「バイクに乗ってどこへでも現れる」と紹介されるはこの頃の出来事が原因です。

 94年9月1日(木)曇り。
夕方になろうかという時間に車庫からバイクで乗り出して舞鶴へ向かいました。23:30の小樽行きフェリーに乗船。秋の始め、そろそろ朝夕はバイクに厳しい気候なので北から南へと下るルートを選びました。

 9月6日(火)快晴。
前泊の旭川から遠軽の北海道家庭学校を経て夕方になって北見へ入りました。既に陽は黄色く傾き、影も長い。
早速、ピアソン邸へ向かいます。7年前に見たときと変わらない瑞々しい姿で建っていました。
 建物の受付は開いていましたが、もう閉館時間寸前と言われたので翌日出直すことに。開館時間を聞いて帰りました。

 9月7日(水)快晴。少し暑いくらいに。
ポンユ三光荘で朝湯を使ってから網走へ。網走博物館を見て北見に戻ったのはまだ午前中でした。
 ヴォーリズさんの物件リストには 1937.8 A-133 Notukeushi Church ,Hokkaido という記載もあり、Notukeushi は「野付牛」で北見辺りの旧称らしいと分かっていました。そんなわけで、まず日本キリスト教会北見教会へ。この時点で北見教会とピアソンさんとの関係は予想はしていました。
いつものように来訪の意図を説明をしたところ、黒田浩史さんが対応をして下さいました。応接室へ通され、研修のために1年間日本を離れられているという小池牧師さんが書かれた「使徒はふたりで立つー北海道のピアソンばあさん・じいさんの話ー」という本を持ってこられて
「あなたの知りたいこととはズレるかもしれないがピアソンさんとこの教会との事はここに書かれている。察しの通り関係が深い。この教会は立て直されたもので、昔の建物についての記録は殆ど残っておらず額に入った白黒写真が一枚きりだ。残念だが自分は留守番なのでそれ以上の詳しいことは分からない。」
といったことを静かに語られました。
黒田さんは自分は名刺を持たないから代わりにと教会便りを3通、そして「使徒はふたりで立つ」の奥付けにある価格をマジックで消しながら「この本は随分と以前に出したものなのでお代は頂けない、差し上げますので研究材料にしてください」と差し出されました。
黒田さんに、小池さんにわたしがこの案件でここに来たことを伝えて下さい、とお願いして帰りました。

 再びピアソン邸へ。さすがに入り口は開いており、高齢の男性が窓口に座っておられた。初めて内部に入り、階段、暖炉などを見るもヴォーリズさんの特徴らしい部分がなく少々困惑。建物の前で撮られた集合写真が展示されていて、当時と大きくは建物の姿が変わっていない事は確認できました。
 芳名録を書き、「この建物のことで、ヴォーリズ、という名前を聞いたことがありますか」受付の男性に訊ねると知らんと首を振られました。

北見教会、ピアソン邸、共にヴォーリズさんの名前は出ませんでした。
?マークを抱えながら次の目的地である帯広へと向います。

 北見に行ってから5年以上経ったある日、大阪芸術大学の山形政昭さんからヴォーリズさんの全物件リストが届きました。当時、山形さんはご多忙を極めていらしてお会い出来る日程が決まらず、まずは希望された資料を、とのお計らいでした。
 
 このとき託して頂いた全物件リストには、論文の別冊として印刷された定本と、山形さんが研究の過程で作られた英文タイプライター + 手書きの原本をコピーしたものの2冊がありました。

 原本には所在地がわからない物件をまとめた項目があります。ここに job.8543 Pierson Res. と書かれていました。即座に「ピアソン邸?」とメモ書きしました。

 93年9月27日。
大阪芸術大学の構内で山形さんとお会いしました。
物件リストを開きながら現存確認がとれている物件について、さまざまな事をお教え頂きました。リストの所在地不明物件については現時点でも不明なままと仰る山形さんに、Pierson Res. とは北海道の北見にある宣教師住宅のことではないかとお尋ねしました。
答えは当然のように、わからない、でした。

 というわけで北海道の北見市にあるピアソン邸について、出会いからヴォーリズ建築として現地確認をされるまでの事をメモ書きします。

 ピアソン邸という物件がある、と知ったのは87年の8月だと思われます。

 87年9月、大学写真部の夏休み合宿は北海道(函館/札幌)でした。合宿には礼文島から函館まで撮影旅行をしてから合流することにして 越野武+坂田泉『近代建築ガイドブック[北海道・東北編]』鹿島出版会(1985) を買い、読み込みました。この本は日本建築学会の実施した全国調査の結果を元に、主要な近代建築物件をエリア別コースに組み込んで紹介するものです。「北見・網走コース」にはピアソン邸も紹介されていました。このときは道東方面には行きませんでした。

 88年春休みの撮影旅行で「真冬の北海道で雪に埋もれた鰊漁屋の姿を見る」というテーマを思いついたのは、87年の秋でした。毛綱毅曠さんの「日高山脈を越えなければ北海道ではない」にも感化されていて、じゃあ真冬の[ほんもの北海道]も見せて頂きましょうかと道東にも行くことにしました。前述の「北見・網走コース」で紹介されている網走博物館、網走監獄正門、ピアソン邸、北海道家庭学校礼拝堂と毛綱毅曠さんの代表作「釧路湿原展望台」は上手くJRを乗り継ぐと1日で見て回れそうだと時刻表を調べ上げてから出かけました。
 この頃には日本中の近代建築について、どこに・だれの・なにがあって・見ておくべき優先度はどのくらいか、は頭に入りつつありました。

 1988年2月15日(月) 快晴。
冬の朝。釧路駅 06:23 普通列車626Dは2両編成で雪に埋もれた森をひたすら真っ直ぐに網走へ。12:06 普通列車578Dに乗り換えて北見駅へ。13:14 北見駅に到着。14:36の特急オホーツク4号に乗るまでの80分間が北見で許された時間でした。本に掲載されたコマ地図を頼りにピアソン邸へ向かい、ほどなく到着。
 北見市の文化財として保存管理されている事は知っていました。ですが予想以上に美しく綺麗すぎて(なにしろ前年には函館、小樽の旧市街にある住宅群を見ていますので)驚きました。雪の中に建っているピアソン邸は早くも傾きはじめたオレンジ色の太陽に照らされていました。残念ながら閉館していて中には入れません。庭側から暫く眺め、撮影、すると既に14時を過ぎています。急いで北見駅へと戻りました。

 この年の北海道は雪が少なく道は日中でも凍結しスケート場のようでした。山陰で育つとたとえ凍っていても雪道を走ることが出来るから便利だとつくづく思いましたね。

 瀬戸内国際芸術祭2010も残り期間1/3となりました。
夏休みの旅で直島など行かれたかたもいらっしゃるかも知れませんね。

さて記事のタイトルは間違っていません。ヴォーリズさんのことです。
もし瀬戸内国際芸術祭2010に行かれて、もし大島会場へ立ち寄られることがあったら、ヴォーリズさんの建物を見て来られては如何でしょうか。

 7月14日に「けいおんでまちおこし実行委員会 会長 宮川博史」さん名義で「旧豊郷小学校写真集」に伴う寄付金が「旧豊郷小学校活用寄付金」として豊郷町さんに収納されたとご連絡を頂きました。
旧豊郷小学校の建物が永くその姿をとどめることに有意義に活用していただければ幸いです。
「今日の部室」さんに「写真集・オルゴール売上寄付」という記事が掲載されていますのでご確認ください。

 配布を受けられた、配布をされたを問わず、この企画にご協力いただいた皆様に重ねて御礼を申し上げます。
ありがとうございました。

 「けいおん委員会」さんから「旧豊郷小学校写真集」の旧豊郷小学校における配布実績の集計書と最終的な寄付金額の計算書を頂きました。

haifu_jisseki.jpg まず、配布実績です。蒼天青雲としても初めて目にする資料で興味深く拝見しました。左上の原価計算が分かりにくいですが、これについては最終的な寄付金額の計算書の方で確認できます。
 観光案内所のお二人から「最初はよく売れたが、この頃は週に1冊とか」と昨年の秋にお聞きしていて凡その見当はつけていましたが、週末はともかくにして平日も着実に配布されていたのが分かります。正直なところ、このようなジャンルの冊子が途切れず配布が進むことに驚いておりました。
 おそらく今後も需要があるのだろうとは思いますが、これまでの印刷品質を確保するには最低でも300冊の再版(増刷)が必要なので最後の配布分まで(予想するに2年近くかかる)造本の品質を確保するのは困難かと。最大の敵は梅雨と24時間空調が望めない保管環境でしょうか。印刷所に保管委託もできますが、安くはないです>適切な品質での保管が難しいからこそお願いするわけですから費用が嵩むのは当然です

kifu-syuukei.jpg そして最終的な寄付金額の集計書です。
前回の記事で掲載した計算書との違いは、第二版の配布については実質的に豊郷町観光案内所さんが行われた関係で配布手数料が発生し、それが寄付金額の方から引かれている、という点です。件の手数料について、この書類を見るまで蒼天青雲では把握していませんでした。
250冊分で8,750円、蒼天青雲サイドでの対応を考えます。
 真ん中に原価計算が挟まっていますが、これが配布実績の集計書で左上にあるメモ?の最終集計です。清算済みの金額は、今年の年頭に在庫確認をした際に回収させて頂いた金額です。

 旧豊郷小学校写真集の配布に伴う寄付金額が確定しましたのでお知らせします。 
kifugoukei.png←クリックすると大きな画像が表示されます





 集計されたエクセルのファイルを開いて画像保存したものです。
9日の夜中にメールを頂き、寄付金の納入をされるのは12日以降とのことでした。
内訳から、無償提供した初版100冊のおよそ半数は「けいおん委員会」(けいおんで町おこし委員会?)さんの広報に使われたのがわかります。豊郷グッズの第1号として(承知している範囲では)有効に使っていただけたようです。「町長」と書かれていますが、これは豊郷町町長さんのことで「旧豊郷小学校写真集を継続して配布できるようにならないか」という提案は町長さんの意向でした。
 第二版の250冊のうち数十冊はバスツアーで建築物の視察にいらした専門家?の方々が大人買いをされたものです。この件を聞いた時もおどろきました。

 なににしても300冊以上を旧豊郷小学校へ立ち寄られた方々が手にされ寄付ともどもお買い上げ下さった結果が、11万4900円という寄付金額へまとめ上げることになりました。

ご協力いただいた皆様に心より御礼を申し上げます。

 また、いつか、ずーっと先になってからも旧豊郷小学校の写真集を開いて思い出していただいたりして頂けることを願っています。
また冊子の作成にあたって撮影協力をしてくださった豊郷町教育委員会さん、配布をしてくださった「けいおん委員会」(けいおんで町おこし委員会?)さんと豊郷町観光案内所のお二人、
そしてなによりも面倒な現場調整をすべて取り仕切って下さった「今日の部室」どんきちさんにお礼を申し上げます。

 失われた建築の写真集というマイナージャンルの同人誌を作り続ける作業が、このように現存する建物を維持していく活動の一助になるとは思いもしませんでした。
あっという間の1年間、貴重な体験をさせていただきました。
重ねてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

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ご連絡はweb mailでどうぞ: http://form1.fc2.com/form/?id=434253

[準備中]
・「SUOMI CHAIRS」

<プロジェクトのリスト>
「イルマリ・タピオヴァーラ椅子展」 @Style shop. 2005.05.21-06.12
日本国内では見る機会のない作品を含めて全部で25点ほどを展示。

「ヨーロ・クッカプーロと柳原敏彦」 @GREEN WOODS 2005.11.12-13
クッカプーロさんの主要作品20点と柳原敏彦さんの木家具による構成。違う素材なのにデザインの根本で調和しているという妙。

「スオミと足塚由江」 @昭和堂 2006.06.23-25
フィンランドの家具と足塚由江さんのうつわでカフェをしました。

「米来留 いまはもういない」 @夏コミケット 2006.08.12発行
建築家ヴォーリズの失われてしまった作品を追い続けたドキュメント写真集。

「一脚の椅子 フィンユール」 @GREEN WOODS 2006.08.19-20
そこにあるだけで周りの空間を変える力を持つ椅子とは。

「カモナマイオフィス」 @某建て売り住宅 2006.09.16-18
「第二事業部の事務所が新築の住宅に移転する」 としたら?引っ越し系インスタレーション。

「1000脚の椅子」
工場の倉庫に眠る約1000脚の未完成の椅子を教材として活用しようという企画。
派生企画:智頭農林高校 学習成果展示 / 島根女子短大 Re:Chair展
 
「北欧の椅子と家具展」 @SOUKA-草花- 2006.12.08-11
古いビルのレストアされたペントハウスに北欧家具でLDを構築するインスタレーション。

「リートフェルトをつくって」 @SOUKA-草花- 2007.06.22-25
Rietveldさんの家具をダンボールで実寸模型に再現するワークショップ。

「机の帰還 」 @glass Onion 2007.07.19~
廃棄される学校机を店舗什器に再生する試み。

「シュレーディンガーの椅子 」 @Store Room 2007.09.07~
学校のようなお店に学校の椅子を納める。

「いまはもういない、のこと」 @夏コミケット 2007.08.19発行
ヴォーリズ建築の取材過程を記録したテキスト。

「キャンの岬はどっちですか。」@souka 07.11.17-18
「祈りの椅子」のプロトタイプに座ってみる。

「そしていまはもういない予告編」 @冬コミケット 2007.12.29

「そして、いまはもういない。」 @夏コミケット 2008.08.17
ヴォーリズ建築で失われて痕跡の儚いもの達。

「一脚の椅子 イルマリ・タピオヴァーラ」@「淀江の家」グラムデザイン 2008.10.04-05
ピルッカスツールを展示。

「いまはもういない、祈り」@冬コミケット 2008.12.30
キリスト教関係のヴォーリズ建築で知られざるもの達。

「古い家を借りて自分で直したら大きな黒板のある家ができた。ワタシの(^^)」@黒板亭 2008.03.--2009.04
廃屋寸前の賃貸住宅を順調に時を経たかのようにレストア。

「蒼天青雲 in 関西」@そうさく畑63 2009.04.05
既刊を関西地区で初配布。 山Dさんもお誘いして。

「ヴォーリズさんを探しに行った日々について」 2009.=
蒼天青雲にとっての「建築の保存」について話す。

「旧豊郷小学校写真集」@夏コミケット 2009.08.16
豊郷小学校=桜ヶ丘高校という繋がりと広がり。

ヴォーリズ建築文化全国ネットワーク第3回全国大会@近江八幡 2009.10.11
ヴォーリズファンしか居ない場によばれてヴォーリズさんの写真集を配布。

「みどりのはら」「近代残像 函館」「近代残像 長崎」@冬コミケット 2009.12.30
阿佐ヶ谷住宅へのオマージュ。函館と長崎、北と南の洋館が並ぶ港街。

「近代残像 京都」@コミティア92 2010.05.04
前世紀末の京都の町中における近代建築を紹介。

「米子市公会堂」 2010.07.15 +コミケット78
山陰に置かれた村野藤吾さんのグランドピアノについて。

「近代残像 神戸」@コミケット78 2010.08.15
神戸にある近代建築の様々な残り方と消え方。

「近代残像 湘南・箱根」@コミケット79 2010.12.31
太平洋に面して残る関東地方を取り巻いていた別荘地帯の痕跡。

「さくらはさく」@コミティア96 2011.05.05
千葉県浦安市の埋め立て地に咲く桜の花。

「マーリをつくって」@米子高等工業専門学校 2011.07.21
ダンボールで実物x0.8スケールの家具模型をつくる実習授業。

「近代残像 横浜」@コミケット80 2011.08.14
横浜で暮らした日々における近代建築との交わり。

「きらめけ!公会堂」@米子市公会堂 2011.10.21-23
写真集「米子市公会堂」を元にwebと連動したインスタレーションを実施。

「SUOMI CHAIR DESIGN 01. Alvar Aalto」 @コミティア98 2011.10.30
フィンランドの椅子デザインについて。

[以降、続いています


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